聖なる言葉への日々の浸し – ⽉曜⽇ | メッセージ 3 サタンの反逆と創造の再建

1- キリストが万物のかしらとなる過程 を加速させる必要があります。その働 きが前進するためには、投資が必要で す。あなたも御国の投資家になりまし ょう。主はあなたを祝福されます(マ ラキ書3:10;マタイの福音書6:33;エ ペソ人への手紙1:9-10)。 2- 時は神の御旨を実現するために存在 しています。ただ地上での時間を生 き、富を求め、良い生活を楽しむため だけに創造されたのではありません。 キリストが実際に万物のかしらとなっ て治めるとき、時は終わりを迎えます (エペソ人への手紙1:10)。 3-すべてのものはキリストの足の下に 置かれています。なぜなら、キリスト は神の右に座しておられるからです。 しかし、すべてがキリストに従ってい るわけではありません。多くの人々 が、なおキリストに導かれ治められる ことを拒んでいるからです。あなたは 神に治めてもらっていますか?それと も自分で何でもできると思って、キリ ストの統治を必要としていないと思っ ていますか?(エペソ人への手紙 1:20) 4-「私たちは、神の働きが自分の努力 や能力によってではなく、神の御言葉 によって行われることを理解していま す。その御言葉は方向を示し、御霊を 働かせて奇跡を起こす力を与えま す。……主がより速やかに前進される ために、私たちは自分の限界を突破し なければなりません」(コリント人へ の手紙II 4:7)

聖なる言葉への日々の浸し – ⽇曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1- 主はこの終わりの時代において、私 たちをエネルギーを蓄える部屋に置い てくださいました。若者たちの助けと 与えられた御言葉を通して、私たちは 皆、同じ波長、同じリズム、同じ周 期、同じ色にいます。誰も競い合わ ず、互いに協力し合っています。私た ちの焦点は、王国の福音を宣べ伝える ことです(ピリピ人への手紙2:3)。 2- 感謝すべきことに、王国の福音は前 進しています!キリストの十字架が福 音宣教の始まりでした。次に、戦争、 飢饉、死が続きます。これらの出来事 は終わりが来るために必要ですが、主 を再び来させるのは王国の福音の宣べ 伝えなのです。共に従事しましょう。 主が早く戻ってこられますように(黙 示録6:1-7、マタイの福音書24:14)。 3-私たちは街に出て、真の神を求める 人々を探しながら福音を伝えていま す。彼らを見つけ、王国のために共に 戦う者として関わらせましょう。 144,000人が王国の戦いに従事したと き、主は戻ってこられます。今日、あ なたが神の国のために戦っているな ら、その日には子羊とともに立つこと になります(黙示録14:1)。 4-「私たちは御言葉を通して信じ、主 の御名を呼ぶことによって救われま す。なんとシンプルでしょう!神は私 たちに何も要求されません。ただ御言 葉を信じ、御名を呼ぶことだけです。 ああ、主イエス!…イエスを信じる者 は、アブラハムの祝福として御霊を受 けます」(ローマ人への手紙10:8-13、 ガラテヤ人への手紙3:14)。

聖なる言葉への日々の浸し – ⼟曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1- 神はご自身を待ち望む者のために働 かれます。アブラハムは神を待ち望む 者の模範でした。今日、主はご自身を 待つ心を持った人々を探しています。 私たちは、ただ願いをかなえてもらう ために神を求めるのではなく、完全に 主に自分をささげる者でありたいので す(イザヤ書64:4、ローマ人への手紙 4:18)。 2-神は天と地、人、そして人間の霊を 創造されましたが、それはご自身の憩 いの場所を持つためでした。御言葉を 正しく信仰をもって受け取るなら、神 の安息に入ることができます。そして 御霊が私たちを導いてくださいます。 神はこの安息にあずかる勝利者たちを 備えておられます(創世記2:1-3、ヘブ ル人への手紙4:1-3)。 3- 神は憩いの場所を望んでおられます が、それは物理的な建物ではありませ ん。ダビデは神の家を建てたいと望み ましたが、主はそれを問い返されまし た。神は人の手で造られた宮を必要と されていないからです。主の安息の場 は、へりくだった心、打ち砕かれた 霊、御言葉を愛し、それにおののく人 の心です(サムエル記II7:1-6、イザヤ 書66:1-2)。 4-「ペンテコステの日、教会が生ま れ、聖霊が注がれました… 聖霊は私た ちの上に降り、私たちを祝福してくだ さいました。今、教会の使命は、すべ ての地の家族を祝福するために福音を 伝えることです。私たちはこの約束さ れた御霊を人々に伝える責任がありま す」(使徒の働き1:8、ガラテヤ人への 手紙3:14)。

聖なる言葉への日々の浸し – ⽊曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1- 神は天を地のために、地を人のため に造られました。主は地上でご自身の 御旨を成したいと願っておられ、その ために最も重要なのは人間の霊です。 神に仕えるためには体の管理も大切で すが、本質的に重要なのは、主の御旨 を実行できる霊です(ゼカリヤ書 12:1、コリント人への手紙I6:19) 2-神は人を土のちりから造り、その鼻 に命の息(ヘブライ語でネシャマー) を吹き込まれました。すると人は生き る魂となりました。私たち一人一人は 固有の人格と自由意志を持っていま す。皆違っていますが、それぞれが自 分の役割を果たすことで、神の多様な 知恵を表現します(創世記2:7、エペ ソ人への手紙3:10)。 3- 私たちは本質的に霊的な存在として 造られました。そしてこの肉体は、地 上にいる間に神の御旨を実行するため に与えられた器です。死んだ後には、 もう機会はありません。ですから、今 生きている間に体と霊を用いて神の御 旨を実行するべきです(ヨブ記33:4、 34:14-15、伝道者の書12:7)。 4-「アブラハムは神に疑問を抱かず、 『あなたの地を離れよ』との命令に従 いました… 目的地に着いても、彼は一 平方メートルの土地すら得ませんでし たが、それでも自分と子孫がその地を 受け取ると信じました。祝福は主の御 言葉を単純に信じることにあります」 (使徒の働き7:2-5)。

聖なる言葉への日々の浸し – ⾦曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1- 神は天と地を創造し、人をその地に置 かれました。主はすべてのことを時にか なって美しくされました。しかし、神の 御言葉による啓示がなければ、人はそれ らの目的を理解することができません。 私たちは意味のない人生を送るためにこ こにいるのではなく、神の栄光のために 備えられているのです(伝道者の書 3:11、ローマ人への手紙8:17)。 2- 人が神に背いたとき、影響を受けたの は人だけではなく、すべての被造物が堕 落の奴隷となりました。今、私たちは成 熟した神の子となるために備えられてい ます。それが実現すると、私たちは栄光 に満たされ、被造物もその奴隷状態から 解放されます。ゆえに私たちは神の国の ために戦っています(ローマ人への手紙 8:17-23)。 3-神の国のための戦いに携わりましょ う。キリストがすべてのものの頭となら れるように。しかし、もう自分の知識や やり方に頼ってはいけません。私たちは すぐに「うまくいく方法」を求めがちで すが、霊から生まれた者として、次の一 歩を心配するのではなく、霊の導きに従 うべきです(エペソ人への手紙1:10、ヨ ハネの福音書3:8)。 4-「召されたとき、アブラハムは信じ、 それが義と認められました。彼は信仰に よってすでに天の領域に属していまし た。しかし、神に子を与えようと助けよ うとしたとき、彼とサラは地の領域に後 退してしまいました… あなたはどうで すか?後退したいですか?いや、御言葉 を聞いて、単純に信じましょう」(ロー マ人への手紙4:3、ヘブル人への手紙 10:38-39)。

聖なる言葉への日々の浸し – ⽔曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1- 「初めに、神が創造された」——ヘブ ラ イ 語 で 「 神 」 は 「 エ ロ ヒ ム (Elohim)」で複数形ですが、「創造す る」(バーラー・bara)は単数形です。 これは、神が唯一であることを示してい ます。私たちは三人の異なる神を拝んで いるのではなく、一つの神の中に、父、 子、聖霊が存在しておられます。神は無 から創造する力を持っておられます(創 世記1:1、イザヤ書45:5、マタイの福音書 28:19)。 2- 神は唯一ですが、父、子、聖霊として 存在しておられ、その本質、いのち、性 質によって私たちに触れることができま す。深い泉の水に直接触れることはでき ませんが、湧き出る源泉を通して水を得 られるように、神もまた私たちに近づい てくださるのです。聖霊が神の豊かさを 私たちに流し届けてくださいます(申命 記8:7、イザヤ書45:5、マタイの福音書 28:19)。 3-神は永遠の昔から存在しておられまし た。創造が始まったときに、時間の流れ も始まりました。「天と地」とはすべて の被造物を指します。創造がその目的を 果たし終えるとき、すべてのものがキリ ストに服するとき、天と地は過ぎ去りま す。私たちは神の日の到来を待ち望み、 急がせる者となるべきです(詩篇90:2、 ペテロの手紙II3:10-12)。 4-「アブラハムは神を信じ、約束を受け ました。彼の経験は、人が神の言葉を聞 き、それに従えばよいことを示していま す。これが常に神の望みでした。神は導 きとして律法を与えられましたが、イス ラエルの民は引き続き預言者の言葉を聞 く必要がありました」(創世記12:1-4、 出エジプト記19:5-6)。

聖なる言葉への日々の浸し – ⽕曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1-エルサレムでの教会生活が力強く始ま った後、律法への回帰を望む者たちが現 れ、使徒たちの言葉に反対しました。そ れは教会の雰囲気に影響を与えました。 ですから主はペテロの第二の手紙を通し て、使徒たちが語った言葉を思い起こす ように勧めています(使徒の働き15:5、 ペテロの手紙II3:1-2) 2- 私たちが完全にキリストに服従する唯 一の方法は、多くの教えや説教、服従に ついての教義を聞くことではなく、キリ ストで満たされることです。そしてそれ は御言葉を通して起こります。以前の私 たちは空虚で神に遠い生活をしていまし たが、今は主によって命を与えられ、御 言葉を通して聖別されています(エペソ 人への手紙2:1-2、5:25b-27)。 3-神は非常に効果的な武器を持っていま す。それは、キリストの支配に反する要 塞を打ち砕くミサイルのような御言葉で す。この御言葉には、無駄な議論、高 慢、誇り、自己中心を無効にする力があ ります。私たちの服従が完成すると、神 は教会を用いて宇宙からすべての不服従 を一掃されます(コリント人への手紙 II10:4-6)。 4-「アブラハムは完全になろうと努力す る必要はありませんでした。ただ主の臨 在の中を歩むだけでよかったのです。今 日、私たちは神の御前を歩むとは御言葉 によって歩むことだと理解しています。 自分の力で完全になることは決してでき ませんが、御言葉を聞き、それに従うな らば、私たちは完全になるのです」(創 世記17:1)。

聖なる言葉への日々の浸し – ⽉曜⽇ | メッセージ 2 初はじめに、神は天 と地を創造された

1- エルサレムでの教会生活が力強く始 まった後、律法への回帰を望む者たち が現れ、使徒たちの言葉に反対しまし た。それは教会の雰囲気に影響を与え ました。ですから主はペテロの第二の 手紙を通して、使徒たちが語った言葉 を思い起こすように勧めています(使 徒の働き15:5、ペテロの手紙II3:1-2) 2- パウロがガラテヤ人に書いた手紙で は、イスラエルの国の始まりはモーセ ではなく、信仰の父アブラハムに始ま ることが分かります。彼は神を信じた ため、それが義と認められ、彼とその 子孫(すなわちキリスト)が世界の相 続人になるとの約束を受けました(ガ ラテヤ人への手紙3:6、ローマ人への 手紙4:13)。 3-時間は神の御旨を実現するために存 在します。時間には始まりと終わりが あります。神が時間の中でご自身の御 旨を成し終えるとき、時間自体が終わ ります。神は始める方であり、終わら せる方です。そして神の御旨とは、キ リストが万物の頭となることです(黙 示 録 21:6 、 エ ペ ソ 人 へ の 手 紙 1:9- 10)。 4-「神は私たちがその御言葉を完全に 守ることを喜ばれます。さもなけれ ば、不合格とされます。祝福は、御言 葉を単純に信じることにあります…主 は私たちを通して地のすべての家族を 祝福する通路として用いることができ ます」(サムエル記15:22ガラ

聖なる言葉への日々の浸し – ⽇曜⽇ | メッセージ19 ペテロの職務への拒 絶と彼の新しい役割

1- 教会の堕落は、使徒たちの言葉への尊 重を失うことから始まります。使徒の働き 21章では、パウロがエルサレムに行った とき、使徒たちには誰にも会わず、教会の 長老たちとヤコブだけに会ったことがわか ります。そこにはもはや使徒の言葉に対す る尊重がなかったのです。(使徒の働き 21:18) 2- ペテロが彼の二つの手紙を書いたと き、彼はすでにエルサレムにはいませんで した。なぜなら、もはやその教会には彼の 居場所がなかったからです。誰も預言的な 言葉に耳を傾けていなかったのです。そこ で彼は、ステパノの殉教後の大迫害によっ て散らされたユダヤ人の信者たちに手紙を 書き、預言的な言葉をいつも尊重するよう 励ましたのです。(ぺテロ の手紙I1:1;ペ テロの手紙II 3:1-2) 3- 紀元70年にエルサレムが滅ぼされる直 前、その教会はすでに神の御心を行わなく なっていました。むしろ律法の実践へと戻 っていたのです。神のご計画の中で、その 教会はユダヤ教と変わらなくなっていたの です。しかしペテロは、預言的な言葉に従 い続けていた者たちに対し、なおも養いを 続けていました。私たちも同労者たちの世 話を続けていきましょう。(ペテロの手紙 II 1:19) 4-私たちは自分の無力さを認め、自己では なく、神に信頼すべきです。神こそがその 御業を成し遂げる力を持っておられます。 このように生きるなら、私たちは決して福 音の真理を放棄するような圧力に屈するこ とはありません。むしろ堅固で、絶対的 で、恐れずに立ち続ける者となるのです。 後退は、決してありません!(コリント人 への手紙 II3:5;ガラテヤ人への手紙 2:4- 5;ヘブル人への手紙 10:39)

聖なる言葉への日々の浸し – ⼟曜⽇ | メッセージ19 ペテロの職務への拒 絶と彼の新しい役割

1- エルサレムの教会は、6年間にわたっ て力強い生活をしていました。クリスチ ャンたちは使徒たちの教えに堅く立ち、 奇跡が行われ、使徒ペテロが大胆に指導 を行っていました。しかし、ステパノの 殉教と教会への激しい迫害の後、状況は 変わりました。使徒たちの語りに対する 尊重が失われていったのです。私たちは 預言的なみことばを尊重しましょう。 (使徒の働き 2:42;7:59;8:1) 2- エルサレムの教会の中には、割礼の 実践とモーセの習慣への回帰を主張する 一派が現れました。彼らは、ペテロの指 導のもとで教会があまりにも急進的な道 を進み、ユダヤ人たちに対して対立して いると考えていたのです。福音の真理に 関して、私たちは堅く立ち続けましょ う。(使徒の働き 15:5;ガラテヤ人へ の手紙 2:4-5) 3- 使徒15章において、エルサレムの教 会の形が変化していったことが見られま す。律法と割礼の実践に戻ることを主張 するグループが教会を支配するようにな ったのです。教会はもはや使徒たちの教 えを受け入れる姿勢を失い、聖霊の力も 失われていきました。私たちは、使徒た ちの教えに堅く立ち続けましょう。(使 徒の働き 15:1,5) 4-神に感謝します!今日、私たちは預言 的なみことばに対する尊重によって、教 会の城壁を再び築き直しています。私た ちはこの道から決してそれることはあり ません! 私たちの進む王国への道の中 で、どのような圧力がかかろうとも、一 ミリたりとも譲らない決意を持ちましょ う。(ペテロの手紙II 1:19;ガラテヤ人 への手紙 2:4)