1- 使徒パウロは、コリント人に福音を宣 べ伝えたとき、自分自身の知恵や雄弁さ を用いなかったことを明確にしていま す。なぜなら、キリストの十字架が無効 にならないためです。私たちも、自分の 才能を御霊の力の代わりとして使っては なりません。御霊の力がその働きをなさ れるようにし、私たちはただ主の運び手 となって救いを届ける器になりましょ う。(コリント 人への手紙I1:17) 2- 教会において目立つべきなのは、御霊 であり、主ご自身です。私たちは自分が 目立つ必要も、目立ちたいという思いも 持つ必要はありません。コロサイ書に は、聖霊の働きの結果として教会にはユ ダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由人も おらず、キリストがすべてであり、すべ てのうちにおられるとあります。(コロ サイ人への手紙 3:10-11) 3- ペテロが大胆に語ることができたの は、五旬節の日に聖霊が降られたとき、 彼と共にいた人々と一緒に力を受けたか らです。私たちもこの道を進み続けまし ょう! 毎日御霊に満たされましょう! で は、どのように? みことばに浸ることに よってです。寝る前も、起きたときも、 互いに語り合うときも、みことばを聞き ましょう。みことばは私たちを御霊で満 たします。(エペソ人への手紙 5:18-19; 申命記 6:6) 4-パウロが語った福音の真理は、キリス トが律法と罪の奴隷状態から私たちを解 放するために死なれたことを明確に示し ていました。しかし、ユダヤ主義者たち は、肉の努力と律法の実践をなおも主張 していたのです。私たちは、パウロと同 じように、私たちに啓示された福音の真 理に堅く立ちましょう。(使徒の働き 15:5;ガラテヤ人への手紙 5:1)
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聖なる言葉への日々の浸し – ⽊曜⽇ | メッセージ19 ペテロの職務への拒 絶と彼の新しい役割
1- 神は私たちの自然の能力を用いようとは されません。神はモーセが四十歳のときに は彼を用いず、八十歳になってから召され ました。そのときモーセは、もはや自分の 能力を信頼していなかったのです。肉や知 識、生まれつきの才能を信頼せず、ただ神 の御言葉と御霊を信頼しましょう。(出エ ジプト記 4:10、13;コリント人への手紙II 1:9) 2-教会が外に出て福音を宣べ伝えているの は、聖霊がその働きを進めておられるから です。主は私たちをそのために用いようと 願っておられます。私たち皆がこのような 経験を持つことができます。もし福音を実 践している兄弟姉妹がいるなら、一緒に出 て行きましょう。あるいは、自分自身で福 音行動を始めることもできます。あなた自 身がこの体験をしてみませんか?(使徒の 働き 4:4) 3- 主は、私たちが福音の宣べ伝えに参加す るために、いくつかの道具を与えてくださ いました。たとえば、「来て見よ」「家庭 のミッション」「コルポルタージュ(伝道 販売)」「ケアネット」などです。これら に参加するのをためらわず、実際に経験し てみましょう! 「自分にはすでにやること が多すぎる」と思うかもしれませんが、主 のくびきを負うとき、私たちは真の安息を 見いだすのです。(マタイの福音書 11:29- 30) 4- 私たちは信仰によってイエスを信じたと き、私たちの古い人はキリストと共に死に ました。そして今や私たちは主に属する者 です! キリストの死こそが、私たちを解放 し、新しいいのちにおいて神に仕える者と するのです。しかし、霊的に老化してしま うなら、御霊の新しさに歩むことができな くなりま
聖なる言葉への日々の浸し – ⽔曜⽇ | メッセージ19 ペテロの職務への拒 絶と彼の新しい役割
1- 神はこの地上で御自身の働きをなすた めに、教会――すなわちキリストのから だ――を土台として用いられます。その ためには、この教会が完全にキリストご 自身で満たされている必要があります。 では、私たちはどのようにしてキリスト に満たされることができるのでしょう か? 霊に思いを向け、みことばに浸り、 心思を新たにし、御霊に満たされること です。(エペソ人への手紙 1:22-23;ロ ーマ人への手紙 12:2;エペソ人への手紙 5:26) 2- 「もっと時間ができたら神に仕えよう ――引退したらきっと…」と言う人がい ますが、それは神の働きを外側の面でし か見ていないことを示しています。けれ ども、神は私たちの内側で働かれたいの です。これまでの時間、神があなたのう ちに働かれることを許さなかったのです か? 神の働きの主な成果は、私たちの心 なのです。(エペソ人への手紙 4:22- 24) 3- キリストの十字架なしには、聖霊の働 きも、使徒たちの言葉も、教会を通して 行われる奇跡やしるしもありません。新 しい人のいのちも、御霊によるいのち も、新しさも存在しません。十字架は本 質的です。(使徒の働き 5:12;ローマ人 への手紙 6:4;7:6) 4-神の働きを自分の「履歴書」や聖書知 識、自分の意志に基づいて行うのは、す べての宗教の幻想です。人は決して自分 自身によって神を喜ばせることはできま せん。子どものようにシンプルな者とな り、御霊の息吹に導かれることを願いま しょう。(ローマ人への手紙 7:18;ルカ の福音書 18:17;ヨハネの福音書 3:8)
聖なる言葉への日々の浸し – ⽕曜⽇ | メッセージ19 ペテロの職務への拒 絶と彼の新しい役割
1-十字架は新しい時代の到来を示してい ます。今や教会は神の御心を行うことが できるようになりました。神の働きを行 うための力として、聖霊が注がれたので す。古い人にはこの働きを行う力はあり ません。自分に頼るのをやめ、ただ聖霊 の力のみに信頼しましょう。(使徒の働 き 1:8;ローマ人への手紙 6:4) 2- キリストの十字架が、古い人を終わら せて新しい人を始めるためにあることを 本当に理解するなら、神に仕える中で自 分が目立とうとする誘惑には陥らないで しょう。現れるべきなのは私たちではな く、御霊と御言葉です。(ローマ人への 手紙 6:6、8;ヨハネの福音書 5:30、 41、44;7:18;8:50) 3- 神にとって重要なのは、神の御言葉と いう種を受け取ることのできる心です。 なぜなら、神の国は人の心の中に御言葉 を通して生まれるからです。だからこそ 私たちは福音を宣べ伝えるのです。神は すべてのものの上にキリストをかしらと して立てることを望んでおられます―― そしてそれを教会を通して行われます。 (マタイの福音書 13:3、8;エペソ人へ の手紙 1:9-10、22-23) 4-テトスは、忠実にパウロの足跡をたど る仲間でした。彼らは教会から何かを得 ようとしたことは一度もなく、常に純粋 な心で仕えました。今日も私たちは同じ ように実践します…兄弟たちに仕えるた めに、純粋な霊と単純な心を保ちましょ う。(コリント人への手紙II 12:18)
聖なる言葉への日々の浸し – 月曜日 | メッセージ19 ペテロの職務への拒 絶と彼の新しい役割
1- 使徒ペテロの指導の下、エルサレム の教会の最初の段階は、使徒たちの言 葉を通して現れた聖霊の明らかな権威 と力に満ちていました。割礼の実践も モーセの律法の遵守も見られず、代わ りに、霊の新しさが信仰の新しい時代 の証拠として現れていました。(使徒 の働き 1:15;2:14、42) 2- キリストの十字架は新しい時代の始 まり、すなわち信仰の時代、霊の時代 の標です。これは、人間が肉の努力に よって神の義を満たそうとする試み、 すなわち律法を行って神を喜ばせよう とする試みの終わりを示しています。 (ローマ人への手紙 6:3-4;7:6) 3-あなたにとって十字架とは何です か? 多くのクリスチャンにとって、十 字架はイエス・キリストの十字架刑に よって罪の赦しを得た事実にすぎませ ん。しかし、十字架はそれ以上の意味 を持ちます! 主の死の後には復活があ り、それによって私たちは新しく生ま れ、生ける望みを得ました。私たちの 古い人はキリストと共に十字架につけ られ、今や新しい命に歩むことができ ます。(ペテロ の手紙I1:3-5;ローマ 人への手紙 6:3-5) 4-パウロはテトスがいないことを深く 悲しんでいました。主の働きには忠実 な仲間が必要です! 時には、主の働き のための門が開かれていても、仲間の 不在によって心が落ち着かず、平安が 失われることがあります。(コリ
聖なる言葉への日々の浸し – 水曜日 | メッセージ17 ユダヤ人の圧力によ るエルサレムの指導 者たちの交代
1- 神のご計画は、エルサレム、ユダ ヤ、サマリアだけに限定されていたの ではありません。神は教会を通して地 の果てにまで証しを広げることを望ま れました。教会はユダヤ人信者だけで なく、主を信じる異邦人も含むべきで す (使徒の働き1:8;コロサイ人への手 紙3:11;コリント人への手紙12:13) 2- ペテロは律法の時代のことを一切語 らず、キリストの死と復活を主なテー マとして語りました。そこからすべて が変わったからです。律法の時代から 信仰の時代への移行です。イエスの御 名を信じる者は恵みの時代に属し、聖 霊の力に与る者です(使徒の働き2:22- 24;4:12) 3- 私たちは日々、聖霊の力を持続させ る必要があります。そのためには、ペ ンテコステの日のような特別な体験だ けに頼るのではなく、使徒たちの教え の中にとどまることで、継続的な交わ りを保つことが必要です。今日、神は 私たちに御言葉の浸透や「戦いの叫 び」といった手段を与えてくださいま した (使徒の働き2:42;申命記6:6- 7) 4-「私たちはキリストと共に死に、律 法と罪の奴隷から解放されました。も はや律法の下にありません。なんと素 晴 ら し い こ と で し ょ う ( ロ ー マ 7:4)!今や私たちはキリストのもの です!」(ガラテヤ人への手紙2:19- 20;コリント人への手紙I:19-20)
聖なる言葉への日々の浸し – 日曜日 | メッセージ17 ユダヤ人の圧力によ るエルサレムの指導 者たちの交代
1- 信仰に従う者、すなわち信じる者 は、新しい時代に入りました。神はそ のような人に聖霊を授けてくださいま した。今日、私たちは教会として聖霊 を受け、聖霊が私たちの側にいてくだ さり、奇跡を行い、すべてを力強く働 かせてくださいます。私たちは御言葉 によって聖霊を動かすことができます (使徒の働き 5:32) 2- 教会はモーセの律法を宣べ伝えてい たのではなく、イエスと、その復活し た方を宣べ伝えていました。聖霊が教 会を通して力強く働いておられたた め、ユダヤ人の権力者たちは何もする ことができませんでした。彼らは教会 を迫害し、黙らせようと圧力をかけ、 最終的にはステパノの死に至りました (使徒の働き 6:8-15;7:54-60) 3-信仰の時代において、神の子は活動 しておられます。父の右におられるに もかかわらず、立ち上がっておられま す。これはキリストの時代、教会の時 代です。キリストは今日、統治し、導 き、指示を与えておられます (使徒の働き 7:55-56;ピリピ人への手 紙 2:9-11) 4-「ですから、神の預言者とは、神か ら遣わされて御言葉を語る使者です (歴代誌II 36:15-16)。彼は自分の言 葉を語る自由はなく、神がその口に置 かれた言葉を語ります。その言葉を聞 かない者には、神が責任を問われます (申命記 18:18-19)。ですから、預言 的な御言葉を軽んじてはいけません」 (歴代誌II 20:20;テサロニケ人への手 紙I 2:13)
聖なる言葉への日々の浸し – 土曜日 | メッセージ17 ユダヤ人の圧力によ るエルサレムの指導 者たちの交代
1-天の神、教会のかしらは、教会に戦車や 武器、ミサイルを与えたのではなく、聖霊 を与えられました。「彼らは皆聖霊に満た され、大胆に神の言葉を語った」(使徒 4:31)。私たちの武器は神の言葉であり、 その言葉を大胆に語る力を与えるのは聖霊 の力です(使徒の働き 4:29-31;エペソ人 への手紙 1:21-23;コロサイ人への手紙 1:18) 2- 教会の祈りに対する神の応答は、私た ちの苦しみに対する復讐ではなく、聖霊の 力をさらに注いでくださることです。私た ちが福音を語り、この言葉を前進させるた めです。私たちの連絡先に神の言葉の”浸 し“(みことばの送り)」を送ることは力 強い武器です。多くの人がそれを受け取 り、主の御言葉によって益を受けるでしょ う。これが、大胆に言葉を語る方法です (使徒の働き 5:12-14;コリント人への手 紙II 10:4;エペソ人への手紙 6:17) 3- あらゆる圧力や迫害に対する私たちの 応答は、福音を語り、このいのちの御言葉 を人々に届けることです。これは新しい時 代、信仰と霊と恵みの時代、すなわち教会 の時です。あなたはそのすべてに頼ること ができます。聖霊と神の言葉、これらは奇 跡を起こす力を持ち、神だけができること を行うのです(使徒の働き 5:17-24) 4-「新約聖書において、神は霊から生ま れた人々を得ようとしています。そのよう な人々は、どこへ向かうか分からなくても 霊に従って歩みます(ヨハネの福音書 3:8)。その結果が新しいいのちの歩みで す。律法のもとで生きることは、繰り返し のある、喜びのない生活です。霊は新しさ と自由をもたらします。文字にとどまらな いでいましょう!」(ローマ人への手紙 7:6;コリント人への手紙II 3:17)
聖なる言葉への日々の浸し – 金曜日 | メッセージ17 ユダヤ人の圧力によ るエルサレムの指導 者たちの交代
1- ペテロとヨハネはもはや律法の時代の ことに縛られておらず、キリストの死と 復活について語っていました。聖霊は大 きな力で働き、生まれつき足の不自由な 人を歩かせました。これ以上の力がある でしょうか?誰も聖霊の働きに逆らうこ とはできません(使徒の働き 3:1-8; 4:14,22) 2- ユダヤ人の指導者たちの中に反対が起 こりました。自分の地位を失いたくなか ったのです。人は権力を持つと、変化を 望みません。そして通常、神が語られる 時には変化が伴います。なぜなら神はと どまらず、前進されるからです。変化を 望まない者は、神の語りかけに反対する 者です(使徒の働き 4:1-6;ヨハネの福音 書 11:48) 3- ペテロが語った時、彼は聖霊に満たさ れていました。イエスの御名には力があ ります。その力はキリストの死と復活に あります。ですから、もしキリストの十 字架を否定すれば、その力もありませ ん。神が復活させたイエスの御名にこ そ、癒しの力があります。ペテロとヨハ ネは大胆でした。「私たちは見たこと、 聞いたことを語らないわけにはいきませ ん」。私たちもその証人です (使徒の働 き 4:7-10, 13-20) 4-「マタイの福音書は天の御国について 語 っ て い ま す ( マ タ イ の 福 音 書 24:14)。それは、神がキリストをすべて のもののかしらとされるということです (エペソ人への手紙 … Continuar lendo 聖なる言葉への日々の浸し – 金曜日 | メッセージ17 ユダヤ人の圧力によ るエルサレムの指導 者たちの交代
聖なる言葉への日々の浸し – 木曜日 | メッセージ17 ユダヤ人の圧力によ るエルサレムの指導 者たちの交代
1- 私たちに一致を与え、同じ方向を与える のは御言葉です。なぜなら、御言葉の源はた だ一つ、神だからです。神の御言葉は、私た ちの中に神と同じ周波数を生み出していま す。御言葉の交わりを保つことにより、神は 私たちに同じ周波数、同じサイクルを与えて くださっています。私たちは強められ、同じ 方向へと導かれ、同じ焦点に向かっています (ヨハネの福音書 7:16-18;ピリピ人への手 紙 2:1-4) 2- 私たちの心は正しくなければなりませ ん。使徒たちの足元にすべてを置くという原 則の中で、神の働きの前進を目指し、御国の 福音を全地に広めるためです。私たちの心は 神の大きさと同じように広くなければなりま せん。その他のことについては、神がすべて を配慮してくださいます。私たちは正しく、 参加を望む心を持つべきです(使徒の働き 4:32-35) 3- アブラハムとその子孫であるキリストに おいて、神はすべての地の家族を祝福するこ とを約束されました。この霊はまず信じたユ ダヤ人に注がれましたが、それは彼らだけの ものではなく、すべての家族のためのもので す。使徒の働きに記されたことは、今私たち の間で、さらに大きな規模で全地において起 こっています。同じ源泉が私たちを鼓舞して おり、私たちは同じ魂、同じ心を持っていま す (ガラテヤ人への手紙 3:14;使徒の働き 3:24-26) 4- 「私たちは神の怒りのもとにありまし た。しかし神は憐れみに富み、私たちを愛し てくださった大いなる愛のゆえに、キリスト と共に私たちに命を与えてくださいました。 恵みによって私たちは救われたのです!恵み は私たちを解放しました!このことを知った 上で、律法の奴隷に戻りたいですか?いい え!」(エペソ人